旅先の風の色

「暁の寺」ワット・アルンを対岸のレストランから望む(2017年7月31日撮影)
タイ

タイ王国に赴任中、通っていたオフィスはバンコクで最も賑やかな繁華街の一つ、「シーロム通り」の近くにあった。

「シーロム」とはどういう意味かと調べたら「風の色」なのだという。
なんと美しい名前ではないか。
実際には慢性的な渋滞で排ガスが立ちのぼる薄ら黒いグレーの風が吹きそうなのがなんともモノ悲しいが、風に色を見いだすというのは案外に心地好いロマンチシズムであると思う。

風の色とは個人的なイメージの世界だが、旅先では大地の色合いと大気の匂いによって旅情と郷愁を喚起する「印象」として心に残るものだろう。
それは往々にして、その土地を初めて訪れた時に決まる気がする。

筆者にとってタイの風の色は、ドリアン風の黄色にパパイアの橙色を2、3滴、垂らして混ぜた感じの色である(あくまでイメージです)。
体を膨張させるような熱気の中に、排ガスに加えて屋台から立ちのぼる揚げ油や水蒸気がにじむねっとりした匂いがそんな色を想起させる。
黄色はプミポン国王が生まれた月曜日にちなむ色であることも、たぶん大きく影響している。

 

取材で何度か訪れた米国シリコンバレー(サンノゼ周辺)も、同じ黄色系だと思っている。
ただ、こちらは乾燥してアクの強さが浮き出た化学ペンキで塗った黄色のイメージだ。
ITバブル期に技術とアイデアと投資家に対する巧みなプレゼンテーションで一獲千金を実現した多くの若い経営者に会った。
そんな彼らが高級車を乗り回している様子を見た時、なぜかそんな色を感じたのだ。

タイの黄色には優しさと妖しさ、そしてどこかに間のびした感覚が含まれるが、シリコンバレーの方は表面が輝いていても無機的だ(あくまでイメージです)。

ほかにも日系の自動車メーカーの工場を取材するために遅ずれたスコットランドの風は重くて暗い鉛色。
ニューヨークは夕闇の深い紫の染み込んだ鈍色であった。

旅の途中のふとした瞬間に街がその色に染まっていると感じると強いヨロコビを覚えてしまう。
ただ、どうも外国で感じる風の色は単調であるなぁとも思っている。
これは滞在時間が短いため、その国や街を一方の面からしか見てないためでもあろう。

それに比べて我が国・日本に吹く風の色は、とても多層的で鮮やかな色彩を内包している。
四季があるためでもあるが、日本各地を旅した外国人は短期間でも同じ印象を抱くようである。

中国の国営紙記者3人を連れて、大阪・京都から北海道まで10日間ほど一緒に旅行をしたことがあった。
1人を除いては外国旅行が初めてで、絵に描いたような珍道中。
初めて見たウォシュレットに「日本人は自分の尻を自分でふかないのか」など何かと反日プロパガンダに染まった物言いをする政治部副部長がいたり、秋葉原に連れて行っても「香港の方が安い」と頑として買い物をしない頭の硬い女性記者がいたりと、いちいち辟易しながら進む旅であった。

それでも日本の良さを見せようと、紅葉残る京都の社寺・仏閣を訪れ、大阪で文楽を鑑賞し、東京や横浜の風物を堪能し、冬が迫る北海道では旭山動物園(旭川市)に遊び、旅の最後として既に雪が積もっていた大雪山の温泉宿に泊まった。

曇り空の下、眼前の山と辺り一面が白で埋め尽くされ、時折雪がちらつく中、露天風呂に入りながら例の反日(?)副部長が言った。

「日本は色彩が豊かでうらやましい」

引率の苦労が報われたと思う以上に、なぜか「勝った!」と思ってしまったが……。
豊かな風の色を味わえる日本に生まれたことを心からありがたく思った。

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